「ちゃらら〜ん♪」
バスルームに響くエドワードの歌声。微妙に音の外れたソレにあわせ、バスタブいっぱいの泡の中からすらりと白い足がピンと伸びた。
足の指を開いたり閉じたりを繰り返す度、泡がもこもこ揺れて散らした薔薇の花びらが現れたり、消えたり。
「朝風呂は気持ちいいなぁ。タダってとこが最高だな!」
エドワードは烏の行水族であったが、目指せ小悪魔!を目標として掲げたその日から長風呂族にかわった。
バスタイムを利用してパックをしたりマッサージをしたりストレッチをしたり。
髪もばっちりトリートメントを施し、元々美しかった彼の肌と髪はますます美しくなり、整った美貌を更に際だたせていた。
「さーってと、今日も片っ端から堕としていくとすっか!」
あっけらかんととんでもない台詞を言い放ち、エドワードは立ち上がった。
ざばっという音とともに泡に包まれた肢体が現れる。
ざっとシャワーで泡を流し、ふかふかのバスタオルで肌を傷つけないように優しくぽんぽんと叩くように水分を吸収させていく。
バスルームから出てガウンを羽織りながら、化粧水をつけ乳液をつけ・・・最後に髪に椿油を擦り込むようにしてつける。もうこの辺の作業も慣れたもんだ。
髪を乾かす際、注意するのは『ドライヤーは髪から30センチ離す事』と『濡れた髪は摩擦に弱いので、決して強引に触れたりしない事』だ。
ドライヤーで完全に水分を飛ばしてしまうのは髪を痛める原因になるので、完全に乾く一歩手前で完了。
静電気を起こさないよう加工されたブラシでささっとブラッシングすると、艶サラで天使の輪搭載の見事な髪になる。ちなみに枝毛もナッシング。
トレードマークの三つ編みを解いても結い跡のつかない奇跡の髪がエドワードの密かな自慢・・・。
「良い男の条件は見えない場所も手を抜かない事!」
雑誌で仕入れた情報を念仏のように唱えるその姿、ちょっとヤバイです兄さん・・・。
いつもの服に手を伸ばし、その布地の感触に眉間に皺が寄った。
丈夫であるが安物。そのせいか、手触りがいまいちよろしくない。リゼンブールを立つ際に求めたものでたいして着込んでいないはずだが、
機械鎧の腕を通すせいか、そこここにほつれが見える。
むむむむむ、とピンク色の唇から唸り声が漏れた。
むーんと考え込む事暫し。
やがてエドワードは無言で服のとある場所を摘んで力を入れた。びりりっと嫌〜な音が鳴って穴が空く。
「これで良し!」
何故かエドワードはご満悦で穴の空いた服を着、ちゃちゃっと三つ編みをこさえて部屋を飛び出ていった。
******
ロイは周囲を萎縮させるような威圧感ばしばしのオーラを漂わせ、名うての猛者もお漏らししちゃいそうな眼光で新聞を見ていた。
読んでいるのではない。見ているだけ。
横に立つホークアイもご機嫌斜めといった様相で、ロイを諫める気配もない。
「忌々しいな」
「そうですね」
「本当ならば、あの子は私の用意したホテルに泊まるはずだったんだ」
「ええ。そして、あの子の部屋の両隣を私と貴方が占める予定でした」
「一緒に食事をしたかった」
「ええ、そうですね」
「文献だって私が用意したのがあったんだ!」
「・・・権力はあっちのが強いですからね」
つまりこのふたりはエドワードを大総統に獲られたのが気に入らないのだった。
猫可愛がりをするためにいろいろ用意していたのに、鼻先でエドワードをかっ攫われたあの寂寥感は言葉では言い表せない。
「だが」
ロイの目がきらーんと光った。
「ええ」
ホークアイの目もきらーんと光った。
「「今日は大総統はいない!」」
他国からの賓客が訪問する予定があり、大総統は後ろ髪をおおいに引かれつつ、ロイ達を恨めしそうな目で見ながら秘書官に引っ張られていった。
ははは。ざまーみろ大総統。
今日こそエドワードを可愛がって愛でて撫で倒すのだ!
・・・ふたりは萌え、燃えていた。
「たいさーーーーちゅういーーーー!!!」
たたた、と可愛らしい足音がして、天使の如く愛らしい容貌の少年がひとり舞い降りた。(走ってきたの間違い)
ロイとホークアイの顔がぱぁっと輝く。
露骨なまでの変わりよう・・・。
エドワードは勢いのままロイにきゅっと抱きついた。
「おはよ!」
弾んだ声も紅潮した頬も可愛くて可愛くて・・・。
「「・・・・・!!!!」」
悶絶する生粋の軍人。
「中尉もおはよ!」
抱きしめ返そうとする手をさりげなく避け、エドワードはふくよかな胸に飛び込んだ。
頬に当たる弾力。
(ああ〜、やっぱコレだよなぁ。役得役得)
両手を広げた体勢のまま固まってるロイには悪いが、抱きつくのはやっぱり男より女のほうがいい。
「おはよう、エドワード君。良く眠れた?」
「うん!ベッドふかふかで気持ちよかった〜」
「やぁ、エドワード・エルリック。部屋の居心地はどうだったかね?」
「すっげー豪華でびっくりした。でも居心地良かったよ。ホテルの人も良い人ばっかりだったし」
持ち前の魅力を総動員させて誑し込んだホテルの従業員は、率先してエドワードに貢いで尽くしまくっていた。
本来なら有料なはずのサービスも無料でしてもらって、エドワードはご満悦だった。
「そ、そうか」
やっぱり自分が選んだ中ランクのホテルより、大総統が選んだ高ランクのホテルが良いのか・・・。
ロイは少し黄昏れた。
視線を落とした時、ロイはそれに気がついた。
「おや。服に穴が空いているじゃないか」
「あら、ほんと」
エドワードの着ている黒い服の裾に指が一本通りそうな穴がひとつ、ぽかっと空いていた。
エドワードは内心にやつきながら、慌てた様子でホークアイから身体を離して服を確認する・・・(自分で空けた)穴発見。
「あ・・・」
ぴかぴかつるつるに輝いていた天使の美貌に翳りが生じた。
「俺・・・気づかなかった。こんな凄いホテルで・・・恥ずかしい・・・」
普段なら「こんな穴、錬金術でちょちょいのちょい!」と鼻で笑い飛ばすが、エドワードは身体を出来うる限りちんまりさせて消え入りそうな声を出す。
「服買おうにもお金ないし・・・どうしよ・・・」
必殺、涙目で上目遣い。
その日、エドワードは高級ブランドの服や靴をいくつもゲットした。
続く。
貢がせる小悪魔、エドワード。買えるモノは他人に買わす。