A
故郷で弟が苦悩している事など露知らず。
エドワードはガタゴト揺れる汽車の中で、真剣な面持ちでくたびれた感のある雑誌に目を通していた。
「正面よりも、斜めのほうが美しさが引き立つ」
ふーむ、と唸り声を上げてポケットに突っ込んでいた手帳を取り出してメモを取る。
更にポケットミラーを取り出し、覗き込む。
「・・・確かに、斜め向きのほうが俺様の美貌が栄えるな。特に右斜め45度が最高だ」
誰かと向き合う時は、心持ち右斜めの姿勢を取るとしよう。
「涙をたたえたような潤んだ瞳でする上目遣いもまた良し。しかし、過ぎると逆効果になるため、適度な回数に抑える事」
再度ミラーを覗き込み、チャームポイントでもある琥珀の双眸を数回瞬かせて上目遣いにチャレンジ。
しかし、どうもうまくいかない。
目つきの悪さが強調され、ガンを飛ばしているように見えてしまう。これではいかん。
「目を潤ませるってどうやるんだ・・・?」
まるで難解な錬金術書を読み解くように、エドワードは眉を寄せた。
潤んだ瞳。
涙をたたえたような・・・?
(泣く一歩手前って事だよな?泣きそうで泣かない、それがベストなのか)
しかし、その泣く一歩手前というのが非常に難しい。これでは、まだ人体錬成の理論のほうが簡単かも知れない。
「どうしたものか・・・」
雑誌や手帳を放り出し、立ち上がって渋面で通路をうろうろと歩き回る。さほど混雑していないが、それでも乗客はゼロではない。
ぶつぶつ奇妙な事を呟いたり、ちょろちょろするエドワードの存在は、他の乗客にとって迷惑そのもの。
「あのお兄ちゃんヘン」
「しっ。見ちゃいけません!」
という親子連れの会話すら交わされる中、エドワードの脳内にとあるアイディアがピーンと閃いた。
「○ランダースの犬作戦だ!!!」
誰もが泣く不朽の名作。
滅多に泣かないエドワードも母からこの絵本を読んで貰った際には大泣きした。
これだ!これしかない!
かの名場面を思い浮かべれば、きっとどんな時も泣けるはず。
(いや、泣いたら駄目なんだ。泣く手前で抑えんと)
どっかと座席に腰を下ろし、懲りずにポケットミラーを以下略。
「ご覧よ、パ○ラッシュ・・・あれがルーベン○の絵だよ・・・」
ぶつぶつぶつ。
濡れ衣を着せられたネ○。せっかく描いた絵も落選し、失意の中、パ○ラッシュとともに教会を訪れ・・・。
「哀れ○ロと○トラッシュ!ルーベン○の絵の前で天に召され・・・!ああ!!」
駄目だ!俺には駄目だ!この話、どう考えても泣く一歩手前どころか泣きまくりだろう!!
ポケットミラーに映るエドワードは、滂沱の涙を流していた。これはもう上目遣いどころではない。
ばっちりアイロンのかかった(かけたのはアルフォンス)ハンカチを取り出し、そっと目頭を押さえる仕草も何故か堂に入っている。
「あのお兄ちゃん泣いてる・・・」
「見ちゃいけませんったら!」
ついには座席に身を伏せて号泣し始めたエドワードを指さす少女を母親が抱き寄せた時・・・。
「おらぁ!全員おとなしくしろやー!俺達は泣く子も黙る暁の団だ!この汽車は俺達が占拠したーーー!!!」
突然人相の悪い輩が数人乱入してきた。手には銃だの手榴弾だのを持っている。
テロリスト・・・居合わせた乗客は顔面蒼白になって我が身の不運を嘆いた。
暁の団の名に聞き覚えのあった幾人かは、恐ろしさにガタガタ震え始めた。
アメストリスで最も有名なテロ集団のひとつが暁の団である。
逆らったら命はない・・・。身を縮こまらせて固まる乗客を満足げに睥睨していた暁の団のメンバーは、奇妙な少年を発見してしまった。
言わずもがな、エドワード・エルリックである。
エドワードは状況に気づいていないのか、相変わらず「ネ○〜」とか言いつつ号泣している。
泣く子も黙るはずなのに、黙っていない。
その事実に痛くプライドを傷つけられた暁の団のメンバーは、いきりたってエドワードに銃を突きつけた。
固唾を飲んで事態を見守る乗客達の間から、掠れた悲鳴があがる・・・しかし、エドワードは号泣したまま。
しまいには、ハンカチをびりびりと歯で噛みちぎりだした。
ちょっとどころか、かなりヤバイ感じだ。
内心ビビリつつ、多分リーダーであろう男は十八番の恫喝をスタートさせてみた。
「オラ、手前!!」
「・・・うう・・・パトラッ○ュ・・・」
「聞いてんのかー!!」
「どうせなら死ぬ前に復讐しろよ・・・」
「このクソチビがーーー!!!」
その禁句を口にした途端、暁の団のメンバーの運命は決まった・・・。