B

イーストシティは快晴だった。

汽車から降り立ったエドワードは、トランクを足下に置き、大きく伸びをした。

「うーーーし!行くぞ!」

颯爽と歩き出したエドワードの背後で

『お願いです、軍人の皆さん!俺達を保護・・・じゃなくて逮捕してください!』

『金色の悪魔に殺されるー!!』

『もう二度とテロなんてやるもんかー!』

とかなんとか暁の団らしきメンバーが、汽車ジャックの知らせを受けて待機していた軍人に泣きついていた・・・。

さらに。

『お前ら、一体何があったんだ!!』

という誰何の声に

『それは言えません!沈黙を破るとあの悪魔に・・・ひぃーー!!』

とか泣き叫びながら答える暁の団に

『すみません、勘弁してください!私達は何も見ていません!!!』

と顔面蒼白になって顔をそらす一部始終を目撃していた乗客の皆さんの姿があった。

 

「〜♪」

エドワードはスキップせんばかりに上機嫌で街を練り歩きながら、あるモノを探していた。

あら可愛い子、とチラチラ見つめてくる歩行者をスルーしつつ、時にはナンパ野郎どもを撃退して大きな琥珀の双眸を忙しなく動かしていく。

街の中心部から少し離れたあたりで、ついにエドワードは目的のモノを発見する。

それは、吹けば飛びそうな一軒の宿屋。

宿の人間らしき恰幅の良い中年の女性が、近所の人と挨拶を交わしている姿に、エドワードは会心の笑みを浮かべた。

(ふっ。ここだ。ここにしよう)

決めた瞬間、エドワードの表情から笑みが消えた。

ついで、伸びていた背をだらしなく猫背にする。軽快な足取りはいかにも重そうに、トランクを持つ手からは力が抜け、たいして荷物の入っていないトランクを地面に引きずっていく。

 

ジョセフィーヌは今年で50才。

亭主は3年前に亡くなり、子供達はすでに独立して家を出て行ってしまった。

しかし、気落ちする事なく、彼女は亭主の残したこの宿をひとりで切り盛りしていた。

老朽化の激しい建物のため、客はあまり多いとは言えない。それでも、掃除は行き届き、食事も美味く、宿代も安いとあって客足が途絶える事はなかった。

生活は決して楽ではないものの、ジョセフィーヌひとり食べていくには充分。

苦労も多いが、その分やり甲斐のあるこの仕事が、ジョセフィーヌは大好きだった。

桶に水を汲み、近所の人と挨拶を交わして、さぁ水遣りだと腕をまくった所で、ジョセフィーヌは動きを止めた。

紅いコートを身に纏った、はっとするほどの美貌の少女がこちらに向かって歩いてくるのが見えたのだ。

足取りは重く、透き通るような白い肌は病的なまでに青白い。

ひと目で体調が悪いのだとわかった。

声をかけるべきだ、と思ったのだが、それよりも先に、その少女が声をかけてきた。

「あの・・・」

「どうしたんだい?」

慌てて駆け寄り、覗き込むと・・・印象的な琥珀が飛び込んできて、ジョセフィーヌは息を呑んだ。

「部屋、ありますか?」

「あ、ああ。って、あんたひとりかい?」

まじまじと観察してわかったが、どうやら少女ではなく少年らしい。

10才ぐらいだろうか?周囲に親らしき人間はいない。

こんな子供を泊めても良いものか。

金銭的にも道義的にも心配だ。

ジョセフィーヌは思わず眉を寄せた。宿屋は慈善事業でやっているのではない。

泊めた挙げ句に宿代を踏み倒されたら困るのだ。

「俺・・・親をなくして・・・」

「そうかい」

「でも、お金はありますから!」

コートのポケットからよれよれの財布を出し、そこから数枚の紙幣と硬貨をジョセフィーヌに渡した。

「俺の事信用できないのはわかります。だから、先に払います」

「あ、いや・・・」

小さな子供がそんな気を遣って・・・。しかも、こんなに疲れ切って・・・。

ジョセフィーヌの心がぐらつく。

「明日には出て行きますから!」

縋りついてくる身体。

小さな手がジョセフィーヌのエプロンを掴み、そして。

 

視界に、潤んだ琥珀が・・・。

 

その瞬間、ジョセフィーヌは陥落した。

 

「部屋は開いてるから、泊まりなさい!ずっといていいんだよ!」

「あ、ありがとう・・・!!(ふっ。ちょろいな。潤んだ目で上目遣い作戦成功!)」

 

「そうかいそうかい、リゼンブールからね」

「うん。東方司令部で軍人やってる人が面倒見てくれるって言うから出てきたんだ。・・・あ、このシチュー美味しい!俺、シチュー大好き!」

「くっ。なんて可愛い事言うんだい、この子は!!もっとお食べよ。・・・で、なんて人だい?」

「えーと・・・ロイ・マスタング」

「ロイ・マスタング?ちょっとあんた、それは焔の大佐じゃないのかい?」

「焔?」

「国家錬金術師なんだよ。焔の錬金術師ロイ・マスタング大佐。有能な人だって聞いてるよ。ここもイシュヴァールの戦い以来、治安が悪かったんだけど、あの人が

こっちに来てから随分良くなったんだよ」

「へー。優秀なんだ。でも中佐って聞いてたんだけど」

「昇進したんだよ。でも、女性関係がいただけないねぇ」

「そうなの?」

「ああ。確かに私ら一般人の声に耳を傾けてくれる良い人だけど・・・見かけるたびに違う女性を連れ歩いてるよ」

「女ったらしなのか?」

「まぁ、随分な男前だから・・・あんたは真似するんじゃないよ」

「はーい」

 

「そうか。昇進したのか・・・。にしても、女ったらしとはね・・・」

エドワードは太陽の匂いのするベッドに寝転がり、にっと口角をあげた。

「これで俺もやりやすくなるってもんだ♪」

 

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