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『私の事をお母さんと思ってくれていいんだよ?』

『またいつでも来ておくれ!』

出がけにジョセフィーヌからかけられた言葉を思い出し、エドワードはほくそ笑んだ。

父親が蒸発。母親が病死。弟も病気で表に出られず、自らは内乱で五体不満足になった。

昨日の夕飯時、真実と嘘を織り交ぜたエドワードの身の上話にジョセフィーヌは泣きに泣き、小悪魔の巧妙な罠にすっかりはまってしまったのである。

タダになった宿代と心のこもった手作りのおやつ。そして確保されたイーストシティでの無料の宿・・・。

自分はなんてついているんだろう。

エドワードは貰ったクッキーをばりばり平らげつつ、街中をたったか進んでいく。目的地は無論、東方司令部だ。

(さーて、俺様のミリョクも証明されたし、いっちょ張り切ってやるとしますか!)

空になった袋を設置されているゴミ箱に放り投げ、綺麗にストンと落ちていくのを目で確認した。

なんとなくではあるが・・・すべてがうまくいきそうな予感がする。

 

深い夜を思わせる髪と目。階級に見合わない童顔っぷり。顔立ちはなかなかに男前。(俺様ほどではない)

優男と判断するのは容易い。だが、あの漆黒の双眸の鋭さはどうだ?

『有能な人だって聞いてるよ』

ジョセフィーヌの言葉が脳裏を過ぎる。

イシュヴァールの英雄。焔の錬金術師。

 

エドワードのターゲットその1、だ。

それと、その2もいるかな?

 

「君がモタモタしている間に〜」

大佐云々と続けようとしたロイは、実は結構首を長くして待っていた相手の様子がおかしいのに気づく。

「どうした?」

「・・・・・・」

背後に控えるホークアイも滅多に変えない表情に心配の色を浮かべている。

ふるふる。

肩が震えている。

「おい?」

とすん。

一歩、前に出てきて・・・。

 

フラメルの紋章が特徴的な深紅のコートが風に揺れ、三つ編みにされた金糸が勢いよく飛び跳ねる。

左右違う足音が軽快に響いて・・・。

「あいたかったーーーーー♪」

一年前に出会った”禁忌を犯してどん底に堕ちた”少年は、見惚れる程の笑顔を浮かべてロイの懐に飛び込んだ。

「は!?」

条件反射で受け止めてしまったロイは、自分の胸にすりすりと頬だの額だのを擦りつけてくる少年に、正直不気味なものを感じた。

(なんだ、コレは・・・)

一度だけの邂逅。

それでも、このエドワード・エルリックという少年がこのような真似をする人間だとロイにはどうしても思えないのだ。

写真で見た、あの忘れられぬ目つきの悪さ。

傲岸不遜、という四文字熟語こそが、この少年には似合いそうなのに。

なのに。

「ずっとお礼を言いたかったんだ♪」

ロイを見上げてにっこり笑う、この仕草はナニゴト!?

「俺、昨日こっちに来てさ・・・いろいろ聞いたんだ!あんた、大佐になったんだって?おめでとう!良かったな!」

「あ、ああ」

にぱっ。

綺麗に並ぶ歯を見せられて、ロイの口元が僅かに緩む。

東方司令部への異動はともかく、大佐への昇進はロイの年齢にしては異例中の異例。

これまで嫉妬めいたやっかみの賛辞は雨あられと降り注いだものの、ここまで純粋に昇進を喜んでくれる者はいなかったのだ。

「あの時はちゃんと挨拶もお礼も出来なくてごめんな?遅れたけど、俺・・・本当に感謝してる・・・ありがとう・・・」

”ありがとう”

太陽のような笑顔が一転、まるで少女の如く儚げな笑顔に・・・ロイはぐらりと傾いた。

(何かが違う・・・!何かが・・・!!)

エドワードはそっと身を離し、ロイの手をきゅっと両手で掴んでみせた。

「あんたが来てくれなかったら・・・道を示してくれなかったら、俺もアルも駄目になってた。今はまだお礼しか言えないけど、いつか絶対あんたの力になる!」

そのために、国家錬金術師の資格をとるから。

ほんのちょっぴり、琥珀の双眸の端に浮かんだ雫。

どっきーん!!!

ロイの心臓がばくばく運動を開始した。この激しい動悸・・・更年期障害?

(私はまだ20代だ!・・・恋?まさか!)

相手は12の子供、相手は12の子供・・・それも、男!!

いつもロイが恋を囁くのは分別のつくオトナの女性。決して、こんな目つきの悪いガキに恋に落ちるなど!!!

「あ!」

今気づいた!とばかりに、エドワードはロイの手を離した。

「ごめん!痛かっただろ?こっち、機械鎧だから」

右腕をさすり、まだ慣れてなくて力加減がうまくいかないんだ・・・と呟く。

長い睫が滑らかな頬に陰影を作った。

「ホント、ごめん。痛かっただろ?」

顔を伏せ、そして一拍数えてまた顔を上げる。

ロイの目を見つめ、それでも身体は右斜め45度。

悲しい哀しい声で。

「気味悪いよな・・・」

ここに来る前に子供に見られて・・・気味が悪いって泣かれて、さ。(←嘘八百)

 

「何を言っているんだ!」

「そうよ!!」

鉄壁の理性を誇る軍人であるふたりの大人は、あっさりとエドワードの術にかかった。

ロイはエドワードの小さな身体をぎゅっと抱きしめ、分厚い生地の上から固い感触を確かめるように、何度も何度も撫でた。

ホークアイは地面に膝をつき、機械鎧の手を優しくとる。

「この腕は、足は、君が大切な者を取り戻そうとした証だろう!何も恥ずべき事などない!」

「それに、ウィンリィちゃんが貴方のために一生懸命作ってくれた大事な貴方の身体の一部。そんな悲しい事を言わないで」

「たいさ・・・それから、えっと・・・」

おどおどとした瞳に、ホークアイは優しく微笑みかけた。

「リザ。リザ・ホークアイ。マスタング大佐の副官で、階級は中尉よ」

母親を連想させる女性らしい笑みに、エドワードは演技ではなく、本気で頬を染めた。

「ホークアイ中尉?」

「ええ」

「ありがと」

「礼など必要ない。確かに君がやった事は許されない事だが、それでも、君はその足で立って歩いて前に進むと決めたのだろう?」

そうだとも。

俺様の隠された魔性が目覚めたのさ!

なんのかんのと高説を並べるロイとホークアイの姿・・・これぞ、エドワードが求めていたモノ。

 

「俺、頑張る!」

「私の持てる力をすべて使って、君のバックアップをすると約束しよう!」

「私も協力するわ!何かあったら遠慮なく頼って頂戴!」

 

「俺、幸せ!」

 

ここにアルフォンスがいたら、間違いなくロイとホークアイに向かって言っていたであろう。

「貴方達、騙されていいように使われようとしていますよ」と・・・。

 

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